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2026/4/1 17:30
金井真紀さん『世界で出会ったクルドの人たち』 (オンラインセミナー講演録1)
2026年3月23日(月)に開催されたオンラインセミナー『クルドを知り、差別とたたかう』(主催:クルドヘイト裁判を支援する会)の講演録です。
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金井 真紀(かない・まき)さん
文筆家、イラストレーター。「難民・移民フェス」実行委員。
著書に『世界でくらすクルドの人たち 春をよろこぶ みんなで踊る (たくさんのふしぎ2026年3月号)』(福音館書店)、『世界はフムフムで満ちている』(皓星社)、『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『日本に住んでる世界のひと』(大和書房)など。
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金井真紀さん『世界で出会ったクルドの人たち』
1.あいさつ
金井真紀と申します。本を書く仕事をしています。
昨日、秋ヶ瀬公園のネウロズに来てくださった方もいるかなと思うのですが、主催の皆様も、スタッフの皆様も、参加された皆様も、お疲れ様でした。
会場で声をかけてくださった方がたくさんいて、とても嬉しかったです。
私は最近、クルドの絵本を書いたので、そのご縁で今日ここに呼んでいただき、お話しすることになりました。
2.ネウロズとは何か
秋ヶ瀬公園のネウロズの様子は、絵本の最初のページにも出てきます。


ネウロズというのはクルド語で「新しい日」という意味です。
クルドでは ── クルドに限らず、イランとか中央アジアもそうなんですけれども ── 春分の日に新しい年が始まる、つまり春分の日がお正月なんです。その新しい年の一日目をネウロズと言います。
新しい年をお祝いするお祭りのこともネウロズと言います。昨日、埼玉の秋ヶ瀬公園でもネウロズがありましたが、世界中でこのタイミングにクルドの人たちがネウロズのお祭りをして、綺麗なドレスを着て踊っています。
3.祝祭を邪魔するということ
昨日のネウロズでは、わざわざ邪魔をしに来た人がいまして、私は心底呆れました。
クルド人はネウロズになれば世界中でお祝いしているし、春節が来れば世界中の中華街で中国系の人がお祝いしているし、私にはアフリカのコンゴ民主共和国出身の友達がいるんですけれども、コンゴの独立記念日、6月30日になれば、世界中のコンゴ移民がお祝いをする。
私、去年の秋、ブラジル北部の日系ブラジル人が多く住むトメアスっていう町に行ったんですけれども、その町に着いた日がたまたま日系ブラジル人の大ビンゴ大会の日。年に一度のお祭りで、皆さん大変な盛り上がりでした。公園に1000人くらい集まって、日本食も用意して、お酒も出るからベロベロになって、真夜中まで何時間も大騒ぎ。でもその町の人たちは誰も邪魔したりしません。そうやって日系移民の人たちだって、いろんなところで日本のお祭りをしているんです。
そういうふうに、世界中にそれぞれのお祝いする日があるわけなんですが、そういうところにわざわざ邪魔しに行くとは、大変失礼な、すごい無粋なことだと思います。
まあ、腹立たしい話はこのくらいにして。あとは楽しい話をします。
4.この本を書いた理由
クルドのドレスがとても素敵だっていうのは、ネウロズに行かれた方は皆さんお気づきだと思います。
世界のクルドの人がどのようにドレスを着ているのか、どういうふうにネウロズをお祝いしているのかを見に行きたいと思って、それで絵本を作りました。「たくさんのふしぎ」という月刊誌のシリーズの『春をよろこぶ みんなでおどる 世界でくらすクルドの人たち』という本です。
この本の企画がスタートしたのは2023年の1月。そこから取材を始めたんですけれども、その段階で日本のクルドの人たちに対するヘイトのへの字もなかったんですね。
その年、2023年の7月ぐらいから急にヘイトが始まったので、大変びっくりしました。そもそも埼玉にはクルドの人たちが90年代から住んでらっしゃるそうで、ずっと隣人として一緒に暮らしてきたのに、突然ヘイトの矛先が向いたことに驚いています。ヘイトについては、メルバンさんと神原先生がこの後に話してくださるので、私も勉強したいと思います。
5.クルド人とは誰か
ご本人たちがいる前で私が説明するのも恐縮ですけれども、ご用命なのでクルド人のことをざっと説明します。クルド人というのは、だいたいこの中東の、イラン、イラク、シリア、トルコとか、そのあたりに、もともと昔から住んでらっしゃる方達で、紀元前2000年のシュメールの碑文にも出てくるとか。古代ギリシャの文献にも出てくるというぐらい昔からいらっしゃる人たちで、その後、だいぶ近代になってから国境が引かれてしまったので、それぞれの国に分けられてしまいました。
その結果、それぞれの国で少数民族、いわばマイノリティになってしまって、それぞれの国で大変な弾圧を受けたり、差別を受けたりして、そのせいもあって世界いろんな所に移民や難民として行かれている人が多いわけです。「国を持たない世界最大の民族」なんて言われたりもしますね。

だいたい一番多いのはトルコで、1200万人から1500万人ぐらい住んでいるそうですね。日本に住んでらっしゃるクルドの方も、大半がトルコの出身の方です。
6.トルコにおけるクルド人への抑圧
昔、世界史の授業でケマル・アタテュルクを習いました。「トルコ建国の父」と呼ばれ、初代大統領になった人。トルコを近代化して、ヨーロッパの植民地にもならず、私は当時なんだかすごい英雄だと思ってケマル・アタテュルクって名前を記憶したんです。でもクルドの人たちからよくよく聞いたら、このアタテュルクという人、トルコは単一民族の国だと主張していたそうですね。
つまり、クルド人をはじめとする少数民族を認めない政策。だから当時トルコの中では「クルド人」と名乗ることが許されず、「山岳トルコ人」という、トルコ人の一種のような言い方をされたりしていました。
また、クルド語を喋ることが禁じられていた時代も長くて、もともとクルド語であった人の名前や地名も無理やりトルコ語に変えさせられました。かつて日本が朝鮮半島や台湾、沖縄でやっていたように、トルコ政府はクルドの言葉を弾圧していたんです。現在は、表向きは言語の弾圧はないとされていますけれども、いまだにあらゆる場面で差別が残っていると聞きます。
7.クルド人は世界中にいる
手元の数字は少し前のものですが、イランには600万人、イラクには400万人、シリアには100万人、あとアルメニアやアゼルバイジャンにもクルド人が住んでいます。それから移民した方も大勢います。ロシアも多いし、ドイツも多いし、北欧にも、北米にも、オセアニアにもいるという状況です。世界中にいますね。
世界全体のクルド人の数は3000万人とも4000万人とも言われています。それだけいるってことは、ちょっと考えれば分かるんですけど、クルド人の中にもいろんな人がいる。仲良くなれる人もいれば、絶対に仲良くなれない人だっている。いい人もいれば、悪いやつもいると思うんです。だから「クルド人」ってまとめて言うのは本当に意味がないと思うんです。
私が実際に取材でお会いした中でも、ラマダンにはきちんと断食する真面目なイスラム教徒のクルド人もいましたし、「イスラム教なんて大嫌いだ」って公言している大酒飲みのクルド人もいました。クルド人といっても、本当にいろんな人がいる。
8.イランのマリワンとウラマン
絵本の取材のために、まず行ったのがイランのマリワンというところでした。
イランとイラクの国境際の町です。テヘランから深夜バスに乗って、早朝にマリワンに着いて、パッとバスの窓から外を見たら、皆さんがクルドの民族衣装を着ていた!日常的にクルドの服を着ていて、こんな感じのおじさんたちがいっぱいいるんですね。ドレスを着ている女性もたくさんいるし、普段からクルドの服を着て、クルド語を話して暮らしている地域なんです。そういう人たちに会えて、すごく嬉しかったです。

マリワンは町なんですけれども、そこからタクシーで山を一時間半くらい登るとウラマンという村。山肌にへばりついているような美しい村で、世界遺産にもなっています。ちょうど今ぐらいの季節だったので、まだ雪が深くて。雪山の向こう側はもうイラクなんですね。本当に国境ギリギリの場所でした。


9.イラク・スレイマニアの記憶と華やかさ
山を越えると、イラクのスレイマニアという都市です。山のこちら側、イランの方は素朴な村なんですけど、山の向こう、国境を越えると、そこは一気に大都会になります。高層ビルが建っていて、高速道路があって、高級なトヨタの車がバンバン走っているような大都会でした。
イラクのクルディスタン地域は、かつてサダム・フセインの時代にターゲットにされ、毒ガスをまかれたりして、たくさんのクルド人が殺されました。今は自治区になっていて、迫害と抵抗の歴史を記念館として残しています。
戦車が置いてあるのは戦争博物館で、この建物も銃弾を受けた跡がそのまま残っていて、中はかつての収容施設。拷問が行われていた痕跡が残っていて、あまりにも生々しいので、私はどうしても建物の中の写真は撮れなかったです。毒ガスの資料などもあって、どうやって人々が山にこもって政府軍と対峙したのか、どうやって抵抗したのか、多くの記録が残されていました。
一方でこのスレイマニアは、とてもキラキラしたドレスがある町なんです。スレイマニアの人は「世界中にクルド人がいるけど、一番ドレスのセンスがいいのはここだ」と自負していました。
実際、ブティックに行くと、本当にキラキラでした。色とりどりの羽根がついていたり、スパンコールやビーズの飾りがついていたり、手の込んだ刺繍が施されていたり、きらびやかな生地やドレスがたくさん並んでいました。
日本に暮らしているクルドの女性はトルコ出身の方が多いですから、「あー、イラクのこの辺りのドレスは派手だよねー。お化粧も濃いよねー」って言ってました。その町でキラキラのドレスをたくさん見て、着せてもらう機会もあって、とても楽しかったです。

10.イギリスで出会ったイラク系クルド人家族
イラク・クルドの出身で、イギリスでお会いした家族がいます。スヌルさんとムラドさんというご夫婦にお子さんが三人いる五人家族でした。
スレイマニアの喫茶店でお会いした方と連絡先を交換して、帰国後に「ほかの国に移民しているクルドの人はいませんか」と聞いて紹介してもらったのが、このご夫婦でした。
最初はオンラインでお話を聞かせてもらいました。「イラクのどこの町のご出身ですか」と聞いたら、夫のムラドさんが「生まれたのは山の中です」って笑いながら言うんです。どういうことかと思ったら、お父さんとお母さんが山に隠れて政府軍に抵抗している兵士だったので、本当に山の中で生まれたんだそうです。
山で生まれて山で育って、だから出生届も出さずにいました。山には兵士の子供たちがたくさんいて、そこで教育を受けたそうです。このご夫婦は幼馴染みで、ふたりともそういう経歴の方でした。
ムラドさんのお父さんは山のリーダー格だったけれども戦死してしまいました。残された家族はお父さんの死後、山を降りて町に移ったそうです。ムラドさんはその時初めて役所に届出をして、町の学校に通えるようになったとか。
そうした背景に加えて、亡くなったお父さんが反政府軍の幹部だったこともあり、ご本人も生きていくのが非常に大変だったそうです。政治的な問題にも巻き込まれ、国外に亡命するしかないという状況になり、高校卒業後に「ここではもう生きていけない」ということで亡命しました。
11.亡命の過程とアゼルバイジャン経由の逃避行
その亡命の話がまた壮絶で…。イラクを出て、まず最初に、先ほどお見せした雪山を一人でパスポートも持たずに歩いて越え、イラン側に渡りました。イランを通ってトルコに入り、そこから西を目指して何ヶ月も歩き続けたそうです。
しかしトルコ国内で拘束されてイラクに送還されることが三回も続きました。
一度はギリシャまで船で渡ったこともあり、そのときは20人定員のボートに193人が乗って海を渡ったと。よくニュースで見る、難民が船にぎゅうぎゅう詰めになって逃げる話や、その船が難破するような話がありますけれども、まさにそういう状況だったんですね。しかも必死に海を渡ってギリシャまで行ったものの、そこで捕まってまた戻されてしまったと。
四度目には、もう歩いてトルコを横断するのは無理だと考え、トルコを経由せずにアゼルバイジャンに行き、そこから飛行機でパリへ向かいました。その後、フランスのカレーに移動して、ドーバー海峡を渡ってイギリス行きを試みます。
カレーはイギリスに行きたい難民が溜まっている場所として、ニュースでよく出てきますが、ムラドさんもその一人だったんですね。大きなトラックの後ろに潜り込んで、100回くらい失敗して、101回目にやっとドーバー海峡を渡ってイギリスに入れたと話してくれました。
そして難民申請をして、イギリスで難民として認められた。そういう壮絶な経験をされた方でした。

12.「それしか選択肢がない」という言葉
私はそのムラドさんに、「三回も失敗してなぜ続けられたんですか? 何ヶ月もかけて歩いた努力が無駄になってイラクに戻される経験を繰り返して、それでも諦めずにまた亡命しようと歩き出せた原動力はなんですか?」と聞いたんです。
そうしたら、「それしか選択肢がないからだ」という答えでした。
それを聞いて、自分の質問がとても稚拙だったなと思いました。難民というのはそういう状況なんだなと思ったんです。つまり、それしか選択肢がないんですよね。だから何回失敗してもやるしかない。
ムラドさんはイギリスにたどり着いた当初は英語も全然できなかったそうですが、そこから英語を勉強して、さらに医学部に入り、大学院に行き、今は大学の医学部に勤務して学生たちに教える立場です。
途中で幼馴染みだったスヌルさんを呼び寄せて、結婚し、お子さんにも三人恵まれて、現在はイギリスで家族五人で暮らしています。イギリス中部のウルヴァーハンプトンという町。
子供たちがとても可愛くて、数日間一緒に暮らしてほんとに楽しかったです。娘たちの小学校にもついて行かせてもらったんですが、移民が多い学校ですてきでした。
下校時刻になると、保護者が校門の前に迎えに来て待っているのですが、いろんな国の言葉が飛び交っていて、見た目も様々な人たちがいて、そういう子供たちが一緒に学んでいる学校でした。
いい環境だなと思いました。帰り道にはみんなで公園で一休みして、おやつを食べて、それぞれ家に帰るという日常でした。
13.ロンドン、ミュンヘン、フランクフルトのネウロズ
ムラドさんにはロンドンとリバプールのネウロズにも連れて行ってもらいました。去年のネウロズの時、私が埼玉に行けなかったのは、ヨーロッパをうろついていたからなんです。
ロンドンのネウロズは日曜日の昼間に公園で開催されました。

リバプールのネウロズは平日の夜、クラブみたいなところで行われていたんですけれども、ミラーボールがまわって、みんなおしゃれして、盛り上がっていました。
イギリスのネウロズを堪能したあと、次にドイツに行きました。まずミュンヘンに行き、ズベイダさんという女性のお宅に泊めてもらいました。ズベイダさんはトルコ出身の70歳のマダムで、彼女が一人暮らししているお家に1週間弱、泊めてもらいました。
ズベイダさんはドイツ語とトルコ語しか話せなくて、私はどちらの言葉もできないので、全く言葉が通じないまま何日もお世話になりました。スリリングで楽しかったです。
ズベイダさんはトルコにいる時、クルド人であること、アレウィー教徒であること、その二つの理由で迫害される立場にありました。強い弾圧を受けながらも、それに対してずっと抵抗運動を続けていて、20代の頃トルコで何度も逮捕されたと話していました。クルド人でアレウィー教徒でしかも若い女性でしたので警察から酷い扱いを受けたそうです。
その後ドイツに亡命し、現在はミュンヘンのクルド人コミュニティの「ゴッドマザー」のような役割を担っています。
「中東の女性たちに人権を」と呼びかけるデモをしたり、戦争で亡くなったクルド人兵士を追悼する集会をしたり、クルドの人たちを勇気づけるような活動を日々されている方でした。
このズベイダさんが中心になって、クルド人コミュニティーのみんなでお金を集めて大型バスを手配して、ミュンヘンからフランクフルトのネウロズに行くという計画があり、私もちゃっかりそれに同行させてもらいました。
フランクフルトのネウロズは欧州最大規模だと言われていて、見渡す限り、何万人ものクルド人がお祝いしていました。もう輪になって踊るスペースすらないくらいで。
ドイツ国内だけでなく、フランスやオランダなど周辺の国からもクルドの人たちが集まってきていたみたい。本当にものすごい人数でお祭りが行われていました。

14.伝えたかったこと
私がお伝えしたいことは、繰り返しになりますが、クルド人という存在を一括りにすることが、いかにナンセンスかということです。
本当にさまざまなクルド人がいるのに、それを「クルド人」という一つの枠でまとめて、怖いとか、かわいそうだとか、決めつけることになんの意味もありません。
そのことは、自分で取材して強く感じましたし、この絵本を読んで、そうしたことを受け取ってもらえたらと思っています。
そして、いろんなクルド人がいるけれど、とにかく世界中でみんなネウロズの日には踊っているということを伝えたくて、この本を描きました。
私の話は以上です。ありがとうございました。
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