猫は、どこまで家族の声を覚えているんだろう。
突然、家が壊れて。知らない外の世界に放り出されて。それでも、大好きな人の声を覚えているんだろうか。

今回のお話は、熊本地震で全壊した家からいなくなった、2匹の兄弟猫のお話です。
茶トラの「ボブ」と、キジトラの「オット」。ともに2歳の男の子。小さいころに保護され、それからずっと、家族の一員として大切に暮らしてきた2匹です。

7月28日の地震で、2匹が暮らしていた家は全壊しました。

息子さんは、倒壊する家から脱出する際、足を縫うほどの怪我を負いました。昨日まで当たり前にあった家がなくなり、暮らしがなくなり、そして、ボブとオットもいなくなりました。
完全室内飼育だった2匹です。
大きな音。揺れる地面。崩れていく家。知らない匂い。知らない猫。
どれだけ怖かっただろう。
どこへ逃げたらいいのかも、きっと分からなかったと思います。
それでも、ご家族は諦めませんでした。
「どこかで生きていてほしい」
「もう一度会いたい」
「ふたりとも、生きて帰ってきてほしい」
その願いを受けて、V-CATS JAPANの捜索実働隊が現場に入り、ご家族と一緒に捜索を始めました。
生きていた。
倒壊した家の周辺にカメラを設置しました。
そして、映像に2匹の姿が映りました。
ボブとオットでした。
生きてた。本当に、生きていました。
生きているなら、絶対に助けられる、そう確信したのです。
でも、被災地での迷子猫捜索は、生存が確認できたら終わりではありません。
捕獲器を置く。待つ。カメラを見る。また置く。また待つ。また確認する。

周辺には、外に出る飼い猫や地域猫もたくさんいました。
捕獲器を設置しても、入るのは別の猫。警戒して、ボブやオットが姿を見せなくなる。
周辺の方々に事情を説明し、可能なご家庭には、普段外へ出ている飼い猫を一時的に室内へ入れていただきました。猫たちの動線を見て、餌場を確認して、カメラを置き直して、少しずつ環境を整えていきました。

災害時の猫の捜索には、派手な場面はほとんどありません。
あるのは、ただひたすら待つ時間と、夜中、早朝に探す時間と、
今日も出てこなかったという無念を感じる時間です。
それでも、諦めずまた次の日も、また次の日も現場へ行く。
その繰り返しです。
夢の中では、ふたり一緒だった
ボブの姿がカメラに映った日。
スタッフがご家族へ連絡をすると、お母さんが不思議なことを話してくれました。
ちょうどそのとき、ボブとオットの夢を見ていたそうです。
夢の中で、2匹は縁側に並んでいました。
目を覚ました直後に届いた、「ボブが生きています」という知らせ。
なんだか、ボブが、「ここにいるよ」と、お母さんに知らせに来たみたいだなと思いました。猫たちは、話すことができません。
電話もLINEもできないし、「ここにいるよ」と住所を教えることもできません。
だから、私たちが探すしかないのです。
小さな痕跡を見つけて、カメラを見て、足跡を追って、猫がいそうな場所を一つひとつ確かめる。その積み重ねでしか、たどり着けない命があります。
地震から15日後
夜中まで捜索を続けていたお母さんの前に、ボブが姿を現しました。
「ボブ」
呼んでも、すぐには近づいてきませんでした。
もう一度。
「ボブ」
その瞬間、ボブはお母さんのところへ走ってきました。15日間。
どこで眠っていたんだろう。何を食べていたんだろう。どれだけ怖かったんだろう。
それでも、小さいころからずっと聞いてきたお母さんの声を、ボブはちゃんと覚えていました。

猫って、すごい。そして、猫は、本当に家族そのものだと実感した瞬間です。
ボブ。
よく生きてたね。怖かったね。頑張ったね。帰ってきてくれて、本当にありがとう。
でも、まだ「おかえり」は言えなかった
ボブは帰ってきましたが、まだオットがいません。
兄弟で一緒に逃げたはずなのに、オットはなかなか姿を見せなくなりました。
ここから、また長い捜索が始まりました。
カメラを置く、映像を見る、餌場を確認する、猫の動線を調べる、捕獲器の位置を変える。この繰り返しをまたずっと行っていました。

オットは捕獲器への警戒心が強く、なかなか捕獲器に近づきませんでした。
そこで、通常サイズの捕獲器を減らし、関西から大型の捕獲器を運び、環境を変えながら慎重に様子を見ることになりました。
今日もいない。
昨日もいない。
姿が見えない日が続いていきます。
猫の捜索で怖いのは、見つからないことだけではありません。「もう無理かもしれない」と、人の心が折れてしまうことです。
でも、諦めたその日に、その子がすぐ近くにいるかもしれない。。。
だから、私たちは諦めたくない。
見つかる保証なんてないけれど、いつまでかかるかも分からないけれど、それでも、待っている家族がいるなら、探し続けたいのです。
そして、8月27日。
この日の夕方。
V-CATS JAPANとして一時預かりシェルター業務で熊本で活動していたメンバー2人に、ほんの少し時間ができました。
18時ごろから、1時間ほど。
「被害の大きかった地域を見に行ってみようか」
そんな話になったそうです。
そのとき、なぜか。ボブとオットのお家が、いちばん気になったのです。導かれるように、2人のスタッフはボブとオットのお家へと向かいました。
到着すると、ちょうどお母さんと、息子さん、娘さんが、全壊した家から残っている荷物を整理していました。
ご挨拶をしてから、事前に捜索チームから共有されていた、カメラの確認、家屋周辺の写真、猫が通りそうな導線の確認を始めました。
家の右隣を見ていたときのことでした。
屋根と地面の間に、猫が隠れることができそうな隙間がありました。
「ここ、猫が隠れそうだな」
そう思って、しゃがんで、じっと奥を見ました。
すると。
暗闇の中で、ふたつの目が光りました。
「あ……猫、おる」
心臓が、一気にバクバクしたそうです。
でも暗くて、オットなのかどうか、まだ確信が持てない。
そこへ、もう一人のネコリパメンバーが来ました。
ライトを当てて、二人で確認しました。
オットでした・・・・・
ずっと探していたオットが、そこにいたのです。。。。。
すぐに近づきたい。すぐに捕まえたい。
でも、ここで焦ったら、また逃げてしまうかもしれない。
ボブの鳴き声を流しながら、そっと見守りました。
そして、1人のスタッフが、お母さんたち元へ走り、に伝えたのです。
「オットが、、オットがいます!!!!!」
お母さんがすぐにその場所に来て、名前を呼びました。
「オットー!」
すると、
「にゃ〜」
オットが返事をしました。
もう一度。
「オットー!」
「にゃ〜」
何度も、何度も、お母さんの声に返事をしました。
約1カ月。
外で生きていたオット。それでも、お母さんの声を、ちゃんと覚えていました。
ただ、私たちが近くにいると、オットも緊張して、なかなか出てきません。
捕獲器にも、ずっと警戒していた子です。
「ここまで来たら、お母さんに素手でキャッチしてもらうしかない」
そう判断して、V-CATSのメンバーたちは少し離れました。
そして。ほんの1分ほどでした。
お母さんが、自分の手でオットを抱き上げました。
ずっと、ずっと、探し続けた愛猫オットを、自分の腕で。。。。
少し暴れるオットを逃がさないように、お母さんは自分の服の中へオットを入れ、そのままV-CATS CARの中で急いで移動しました。

車内で安全を確保し、用意していた洗濯ネットに入ってもらい、そのまま捕獲器へ。
やっと。。。。。。本当に、やっと。。。。。オットを保護することが出来た瞬間でした。
その瞬間、息子さんも、娘さんも、
「オットや〜〜!!」

と、本当にうれしそうに喜んでいました。
そして、お母さんが言いました。
「もう、ちょうど1カ月になるから、ダメかと思ってた」
その言葉を聞いて、みんなで泣きました。
毎日探して、カメラを見て、姿が見えない日が続いて、期待して、落ち込んで。
また期待して、また、いない。見つからない。
そんな状態が、1カ月続いたのです。
「もうダメなのかもしれない」そう思ってしまっても、仕方がないと思います。
でも、オットはたくましく生きていました。倒壊したお家の中で、待っていたんです。
あの日、ほんの1時間、時間ができなかったら。
「あのお家が気になる」
そう思わなかったら。
あの隙間にしゃがんで、目を凝らさなかったら。
この日の再会は、なかったかもしれません。
猫の捜索って、ものすごく地道です
歩く。
しゃがむ。
隙間を見る。
カメラを置く。
映像を見る。
また歩く。
また探す。
一見、何も起こっていないように見える時間の積み重ねです。でも、その積み重ねの先に、こういう瞬間があるのです。
一匹の猫を見つける。そして、家族のもとへ帰す。
これは誰か一人の力でできたことではありません。
それまで何度も現場へ入った人。
カメラを設置した人。
映像を確認した人。
猫の動きを分析した人。
捕獲器を運んだ人。
情報を共有し続けた人。
そして、1カ月、諦めずに待ち続けた家族。
その全部が、最後のこの瞬間につながりました。
そして最後は、お母さんの自らの手でオットを保護できたのです。
「オットー」
その声に返事をして、最後は、大好きなお母さんの腕の中へ。
ボブ。
オット。
ふたりとも、本当に、よく生きていました。そして、ご家族の皆様、みんな諦めないでいてくれて、本当にありがとうございました。
この日、やっと、地震以来、はじめて、家族全員が揃ったのです。
私たちは、この再会を「奇跡」で終わらせたくない
今回のことは、きっと「奇跡の再会」と言われると思います。
もちろん、私も、奇跡みたいな出来事だと思います。
でも私たちは、「奇跡だったね」だけでは、終わらせたくないのです。
カメラ
捕獲器
猫の習性を熟知しているスタッフ
現場へ通い続ける執念
情報を共有する仕組み
保護したあとに、安全に預かる場所
その全部があったから、ボブとオットは家族のもとへ帰ることができました。
災害が起きるたびに、「たまたま近くに猫に詳しい人がいてくれますように」と願うだけの日本にはしたくありません。
どこで災害が起きても、猫を探せる。保護できる。治療できる。預かることができる。そして、家族のもとへ帰すことができる。
そんな仕組みをつくりたい。それが、V-CATS JAPANをつくった理由です。
能登半島地震では、間に合わなかった命がありました。
「あのとき、もっと早く行けていたら」
「もっと連携できていたら」
「もっと準備ができていたら」
そんな後悔がありました。
その後悔を、後悔のままで終わらせたくなかった。
だから、猫版D-MATをつくりたいという思いで、V-CATS JAPANが発足したのです。
そして今回。
ボブとオットを家族の元へ帰還させてあげることができました。
一匹でも多く、こんな再会を増やしたい。本当に、ただそれだけです。
次の「おかえり」のために
今も被災地には、探されている猫がいます。家族と離れ離れになっている猫がいます。
保護され、治療を必要としている猫がいます。
帰る家そのものを失ってしまった猫もいます。
私たちの活動には、現地へ向かう交通費も必要です。
捜索用のカメラも必要です。
捕獲器も必要です。
保護した猫の医療費も必要です。
そして、猫たちを安心して預かる場所も必要です。
「助けたい」という気持ちだけでは、残念ながら現場へは行けません。
だから、皆さまにお願いがあります。
どうか、このクラウドファンディングを通して、V-CATS JAPANの活動を支えていただけないでしょうか。
皆さまから託していただいたご支援が、現地へ向かう力になります。
そしていつか、
被災者さんたちの
「猫達ともう一度会いたい」を、「おかえり」に変える力になります。
ボブとオットに起きたことを、特別な一度きりの物語にはしたくありません。
次の猫にも、その次の猫にも、ちゃんと、家族のところへ帰ってほしい。
だから私たちは、探し続けます。探し続ける家族がいる限り、猫達が見つかるまで、できることがある限り、、、
どうか、その活動を一緒に支えてください。
ご支援が難しい方は、この活動報告を一人でも多くの方に伝えていただけたらうれしいです。
ひとつのシェアが、まだ出会えていない誰かに届き、次の一匹を救うきっかけになるかもしれません。
家がなくなっても、暮らしが変わっても、家族まで失いたくない。
家族がいれば、生きるチカラになる。
ボブ、オット、改めておかえりなさい。
生きていてくれて、本当にありがとう。
まだまだ、見つかっていない猫達もいます。引き続き、V-CATS JAPANは、ネコの捜索、そして、被災猫のお預かりシェルターなどで、被災地に寄り添っています。
クラウドファンディングの応援よろしくお願いいたします。